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病気

2016.04.15 ( Fri )

まさに異変!膵管と胆管の精密検査を受けることに


不安で眠れなかった胆管の精密検査

どうにもならない今生であり旅人の私に犬がついてくる

鳥海(仮名)さんの第一歌集『花いちもんめ』(1984年刊)には、こんな歌が見える。

1929年、鳥海山のふもとの神職の家に生まれ、苦学して大学を出た。短歌には少女のころからのめりこんできた。妻を失った五人の子の父親であるひとと結婚、やがて夫が病むようになる。パートとして入った養護施設で働くうち、職員の資格を得て、さまざまな理由から親もとで暮らせなくなった

こどもたちの支え手として活動してきた。夫と先妻との聞のこともをつぎつぎ独立させ、わが息子を生み育て、施設では80人のこどもたちの面倒を見る立場。

「ちょっと発達のおくれた女の子がいてね、保育園児のとき、お弁当袋のひもが切れたのよ。すぐなおしてやったら、その子が目をまんまるくしてHおばちゃん神様?って言ったの」

こどもって何て面白い存在なのだろう、またかなしい存在だろうと思ったその瞬間から仕事の根が生えてしまった。
1993年3月まで通算26年を養護施設で過ごし、定年退職した。退職後は、施設のこどもたちのもうひとつの家として、自宅を開放し「おばあちゃんの家」というスポットをつくるつもりだった。

実際「おばあちゃんの家」の表札もできて、一泊外泊のこどもを受け入れた。その直後に入院さわぎが起きたのだった。

もっともすい臓に異変を感じて入院したのではない。きっかけは歯痛だった。正確には左下あごの第一大臼歯が痛んで、近所の歯科医で抜歯してもらった。

思いがけなくその部分が猛烈に痛み出し、おまけに発熱、痛み止めも効かず、加えて何と舌の下にもう一枚舌様の肉塊がもりあがってきて、舌をあげさげすることもできない有様となった。

自宅からもっとも近い総合病院に救けを求めたのは、看護婦の友人のアドバイスもあってのことだったが、口腔外科の二人部屋のベッドに身を横たえたときは、心底ホッとした。

鳥海(仮名)さんは、自分のからだが頑丈なのかどうかは、わからない。なぜなら、ちょくちょく病気をしてきた。若いころ腎孟炎をわずらい、五十の声をきいたときは狭心症に襲われ、このときは検査で十三日間入院した。

施設での仕事はこどもたちの母親がわりのようなもので、居室の掃除、食事の世話、入浴、けんかの仲裁、相談ごとから、ぎゅっと抱きしめてやること、通っている学校との連絡、看病、遊びの相手、勉強の手伝いと幅広く、夜は交替で寝泊りして、こどもたちを見守る。

週2~3回の宿直をこなしてきた。家へ帰れば、夫の病気の看護にも身と心をくだいてきた。休みなしの半生だった。まあしかし、大病、長期入院の経験はない。比較的頑丈なほうとも思うし、ひとなみと思えば間違いないだろうと、判断していた。

歯痛は伏兵だった。入院は93年8月下旬である。経過は順調で歯痛はおさまり、舌の下の舌も消えた。たった三日間でこの成果、鳥海(仮名)さんは気分がよかった。

入院したとき、心に誓った。

「いい患者になろう」。だから痛みは必死でこらえた。医師は笑って言った。

「そんなにがまんすることはないですよ。痛み止めを使いましょう」

いい患者は痛みをがまんする患者だと、鳥海(仮名)さんは信じこんでいた。はぐらかされた思いではあったが、痛まないほうがそれはラクだ。

入院四日目。退院は目前だと張り切って、予定されている講演のレジュメなどを考えていたとき、突然内科医が二人、ベッドサイドにやってきた。

医師は思いがけないことを告げた。

「膵管と胆管の合流点がつまっていることがわかりました。放置しておくと危険な状態です。精密な検査と治療が必要です」

入院と同時に、言われるまま、いくつかの検査を受けていた。しかし、そんな膵管と胆管との聞がつまっているなど思ったこともなかった。第一、自覚症状は、歯痛以外ないのだ。

いったいこれはどうしたことだろう。誰かほかの人の検査結果ととり違えているのでは?二人の内科医は、白い紙にさらさらと図を書きはじめた。膵管と胆管の相関図である。

膵管の図解出典:市立甲府病院

膵管(すいかん、英:Pancreatic duct)とは、膵臓と総胆管をつなぎ、膵臓外分泌により消化を助ける膵液を分泌する管である。 膵管は、ウィルスン管とも副膵管が別にあるため主膵管とも呼ばれている。膵管は、ファーター膨大部の手前で総胆管につながり、大十二指腸乳頭の部位で十二指腸の二番目の部位の管の内側に両管ともつながっているものである。

その図で鳥海さんは、はじめて膵管というもののありかを知った。それはからだのほぼ中央、腹部の真ん中へんにあって、肝臓のうしろ側、腎臓との間にある、心臓よりは大きい臓器だった。

ショックがじわじわとひろがった。

「コトココニイタッテハチリョウシテモラウヨリショウガナイ」

どこか遠くの発信基地から打電された電文を受け取ったときのような、血の気の引く気分だった」という。

「どうしてこの私が膵管なんかを病まなければならないのか」

血圧が高い、と看護婦が告げた。そうだろう、興奮している。眠れなかった。手術日までの約一か月聞は検査検査で明け暮れた。CTスキャン(コンピュータ断層撮影)だ、超音波だと引きまわされた。

私のからだのどこがどうなっているのか知りたい。病名は何なのだろうか。

検査のあい聞にたまたま、カルテを持って病室に戻っていてほしいと看護婦に言われたことがあった。カルテをのぞこうとしたが、自分のカルテはカギつきのボックスに入れられており、カギはかっちりとかかっていた。

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