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仕事

2016.04.14 ( Thu )

夜勤ができない看護師なんていらない


疲労感のある中で夜勤をこなす看護師

今から40年以上前、新潟県を舞台に全国に広まった、看護師の労働条件改善を求めた「ニッパチ闘争」。当時、妊娠した看護師が夜勤に組み込まれ、異常分娩の末、第2子を出産後に34歳の若さで死亡するなど、看護師の夜勤労働が問題視された。

月の3分の1以上にも及ぶ夜勤の実態から、流産や死産の問題が多発していた。人員不足で看護師の結婚の自由もなく、出産が制限されていたとい。

65年の人事院判判定をテコにして全国各地で起こったニッパチ闘争の末、夜勤は月8回以内とされた。翌年には新潟県職員労働組合と新潟県病院事業管理者との間で「夜勤は複数(2人以上)、月、8日以内」という労働協約が結ばれ、次第に看護労働の改善が図られていったのが「ニッパチ」の由来だ。

その後、何度も「看護師闘争」が繰り広げられ、92年にようやく「看護師等の人材確保の促進に関する法律(看護師確保法)」が施行され、その基本指針で夜勤は月8日以内の努力義務と規定された。

時代まるで逆戻りしている

二ツパチ闘争の様子を記している「夜明けがくる~立ちあがる看護婦たち」(旬報社、新潟県職員労働組合編)の一節には、「看護師だから、母親親になれないことがあるのだろうか。

計画出産をいいわたされたり、看護師は未婚だけといわれたりするのは、いったいどうしてなのか。安心して子どもが産めるような、母親になっても勤務できるような条件が、いま私の職場にはない」と記されている。

これと変わらない状況が今の医療現場にあり、命を預かる場にもかかわらず、現在、看護の現場では職場環境が母性保護を著しく破壊する「職場流産」ともいえる悲劇が繰り返されており、その割合は年々増えているのです。

「職場流産」の実態

東北地方の自治体病院で働くAさん(仮名、30代後半)は、今では2児の母だが、20代の時、初めての妊娠で流産した。24時間365日体制を維持する病院では、看護職は交代制勤務がとられている。

1日を3交代か2交代で分けており
原則「8時30分~17時」
「準夜勤(16時30分~翌1時)」

2交代は16時間を超える拘束が多いことから
原則「日勤(8時30分~17時)」
「夜勤(16時30分~翌9時」

とする。

Aさんの病院(38床)は、看護配置基準は「15対1」(患者15人に対して看護師1人)で、2交代がとられている。夜勤は2人で患者を看る。糖尿病患者や気管切開を行った患者、寝たきり状態の患者などのケアをする。

Aさんは結婚を機にこの病院に転職した。日勤では、朝の申し送りが終われぱすぐに患者のバイタルサイン(血圧など身体状況)のチェックや点滴などに追われる。

寝たきり状態の患者の清拭やオムツ交換などは、他の病院では介護職等が「看護補助者」として担当することもあるが、Aさんの病院ではすべて看護師の仕事だ。

足腰に負担がかかる。Aさんの職場では夜勤で17時間拘束という長時間を2人でこなすため、特に負荷がかかる。夜間、2~3時間おきに病棟をラウンド(巡視)しなければならない。

それだけでも精一杯なところへ、地域の高齢者がひっきりなしに救急車で運ばれてくるため、入院手続きや救急対応に追われ仮眠のとれる時はほとんどない。

救急患者が医師の専門外だった場合、他の病院に搬送されるが、看護師1人が救急車に同乗するため、夜勤をー人でこなすことになる。一睡もせず夜勤明けに看護記録をつけるため2~3時間残業するのは日常茶飯事。

そうした勤務状況のなかで、Aさんは20代後半で子どもを授んった。同僚や看護師仲間には流産経験者が多く、妊娠5週目とわかってすぐ、師長に妊娠を告げ、夜勤免除や業務軽減を申し出た。

すると翌日、院長から呼び出され「お前、転職してきたばかりで何やってるんだ。産むなら子育てに専念したほうがいいのでは」と事実上の退職勧奨を受け、本来、母性保護の観点から、働く女性は深夜業の制限や業務軽減など、本人が申請すれば免除されるよう、労働基準法と男女雇用機会均等法によって二重に守られている。

まとめ

もちろん、そうした母性保護を受けたことや産休・育児休業を取得することで、労働条件の引き下げや退職勧奨を受けることも法で禁じられている。

Aさんが夜勤免除や残業を断ることは当然の権利だが、看護師不足から職場では叶わなかった。

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