2016.04.26 ( Tue )

産業保健、産業看護師の役割はメンタルヘルスの調整


産業看護師の役割はメンタルヘルスシステム

メンタルヘルス指針での産業保健スタッフとは、産業医、衛生管理者、保健師、看護師、心理専門スタッフ(臨床心理士、産業カウンセラー等)を指します。

昨今の人員削減の時代の流れからか、いくら法律(労働安全衛生法)で一定の規模以上(常時50名以上の従業員数)の事業場での産業医・衛生管理者の選任が義務づけられていても、専任スタッフを配置する事業場は多くはありません。

他の業務との兼務になりやすい

産業看護師

産業保健の専任スタッフを配置するのは一部の大企業で、中小企業などでは、大学や病院、診療所に所属の産業医が非常勤で就き、衛生管理者に人事労務関係者、ほかに看護職(看護師や保健師)が専任スタッフでいれば恵まれているほうかもしれません。

病院も同様です。こういった専門スタッフを患者ケアのためには配置していても、病院職員の健康づくりのための配置となると難しく、また配置されているところでも、他の業務との兼務になりやすい面をもっています。

しかし、 こうした厳しい人員配置の中でも、ラインマネジャーを「気づき、つなげるキーパーソン」とすれば、産業保健スタッフはその気づきを受け止め、事業所内の心の健康問題への対処システムを調整していく「中心的存在」としての役割が求められています。

メンタルヘルス指針における産業保健スタッフの具体的な役割は

  1. 労働者に対する教育研修
  2. 職場環境等の改善
  3. 労働者等からの相談への対応
  4. 職場適応・治療および職場復帰への指導
  5. ネットワークの形成および維持

と多岐にわたります。

さらに産業看護師の役割を一日のスケジュールを見ると過酷な状況が見えてきます。

産業看護師のスケジュール

出典:看護roo! カンゴルー

労働災害を減らすために

まさに職場全体のメンタルヘルスシステムの調整役と言えるでしょう。実際問題として最も重要かつ難しい問題は、産業保健スタッフがこうした役割を果たせる環境を整えることかもしれません。

それは、事業者の理解と協力なくしては進まない問題です。安全配慮義務と労働災害認定一方、わが国の労働衛生行政全体の施策を見てみると、労働災害を減らすことに重点が置かれてきました。

メンタルヘルス指針で環境を整える

不幸な労働災害が起こるたびに法律や指針が整備され、産業保健スタッフに求められる役割も多様化してきたと言えます。メンタルヘルス指針ができた背景も例外ではありません。

精神障害等の労災補償状況の推移(厚生労働省報道発表資料より作成)

精神障害等の労災補償状況の推移

注「うち自殺」は自殺未遂の件数を含む

出典:厚生労働省発表資料

自殺者が3万人を超え社会問題化した1998年以降、 うつ病に代表される精神障害や自殺者の労災認定の申請(図5)が急増するのに並行するかたちで通達や指針が出されています。

精神障害等に係る業務上外の判断指針

1999年の「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」ではメンタルヘルス不全および自殺に関する業務上外の判断基準が全面的に見直され、2001年には「脳、心臓疾患に業務上外の判断基準を変更する通達」(発症前の約6か月間の過重な業務負荷、つまり時間外労働等と発症との関連性の強さを判断する基準が明確に示される)、2002年には「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」(過重労働による脳・心臓疾患の発現を防ぐため、時間外労働時間の削減、健康管理に係る措置の徹底を事業主に求める)と続いています。

安全配慮義務とは

厳しさを増す一方の労働環境を改善し管理していくことが事業者の「安全配慮義務」として求められているのです。この安全配慮義務とは、最高裁判所の判例で確立された概念です。

定義は「事業者が労働者に負っている労働契約上の債務で、事業者が労働者に対し、事業遂行のために設置すべき場所、施設もしくは設備などの施設管理または労務の管理にあたって、労働者の生命および健康などを危険から保護するよう配慮すべき義務」とされています。

この安全配慮義務の範囲は、過去の判例の影響を受けて「業務に直接起因する健康障害を起こさないこと」から「業務に直接起因しているとは言えないが、業務と密接な関連を有する健康障害」に広がってきています。

その結果、心の健康づくり対策として事業者に求められる安全配慮義務の範囲が、時間外労働の管理に留まらず、予防から職場復帰までを視野に入れた総合的な組織としての対策にまで広がってきているのです。

医療現場の実情

では、病院の実情はどうでしようか? 2007年3月に労災認定された小児科医(享年44歳)の自殺労災訴訟で検証してみましよう。その勤務医は、当該病院の小児科医の不足に伴い月6~8回の当直をこなすだけでなく、当直明けの連続勤務もまれではない労働環境(今の救急に対応している病院には共通する状況ですが)のもとでの自殺に遺族が労災を確信し、申請しています。

労働災害とは認定されにくい

しかし、新宿労働基準監督署の当時(2001-04年)の判断は、当直は労働時間とみなされないとして、労働災害とは認定されなかった経緯があります。

たしかに労働基準法では、第41条において「労働時間規制の適応除外労働者」の中の「監視・継続的な労働に従事する者で行政官庁の許可を得た者」として、「医師または看護師などの宿直勤務も許可条件を満たせば該当する」としています。

しかし、 この許可条件には、夜間に十分睡眠が取りうることや、急患等への対応は昼間と同態様の労働に従事することが常態であるようなものは適応外である等数多くの条件が明記されています。

この裁判の判決では、「同病院の小児科の宿直勤務は、診療の多くが深夜時間帯で、十分な睡眠は確保できず、月8回の当直勤務は精神疾患を発症させる危険性の高いものだった」と指摘しています。

過酷さを増す医療現場では

当時よりもさらに過酷さが増す医療現場において、 この判決後の影響は計り知れないものがあるでしょう。全国の労働基準監督署には、継続的な宿直または日直勤務として許可していた病院や施設の見直しを期待したいところです。

病院側の安全配慮義務違反の認定を争点とした民事訴訟については、最高裁が2010年7月8日、和解による解決を当事者双方に勧告しました。その意図するところは、医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るという広い視野において重要だというものでした。

ただ、ここで議論してきた病院側の「安全配慮義務」については明言を避けています。それだけ医療現場における「安全配慮義務」は、簡単に結論が出せない問題ともいえます。

今回の最高裁が和解勧告という選択をしたことの意味を真摯に受け止め、 まずはそれぞれの医療現場において「安全配慮」の実践を積み上げていくことが先決なのかもしれません。

ライン外の強みを活かし、危険信号を察知する

事業者である病院経営者にしてみれば、最低限の環境を整えたくとも絶対的な人員が足りないという反論もあるでしょう。しかし、今一度病院全体をみてなると、部署間のバラツキ、偏重はないでしょうか。

 

病院のリスク回避

病院という組織は利用者が病気を抱える患者であるために不確定要素が多く簡単に適正配置を決められない難しさがあります。またセクショナリズムやその病院での脈々と続く古い慣習が大きな壁になることも多いようです。

そんな組織だからこそ、 ライン外に位置する産業保健スタッフの役割が重要になるのです。産業保健スタツフはライン外だからこそセクショナリズムや各部署の利害関係に縛られず、冷静に病院全体をみて微妙な温度差やスタッフの底に流れる危険信号を察知できるのです。そうしたライン外の強みを活かした調整能力をもった産業保健スタッフが、 こんな時代だからこそ求められているのではないでしようか。

まとめ

医療従事者の心身の健康は専門職であるがゆえの対策の遅れが目立ちます。しかし、厚生労働省の「事業場における労働者のこころの健康づくりのための指針(以下、メンタルヘルス指針)」の対象は一般企業ばかりではありません。

過酷な労働条件が社会問題となっている医療現場にこそ対策が求められているともいえるでしょう。


文献
1)管理監督者・産業保健スタッフ等のためのメンタルヘルス指針基礎研修テキスト.中央労働災害防止協会、2006
2)厚生労働省:職場における自殺の予防と対応、中央労働災害防止協会 2001
3)厚生労働省労働基準局賃金時間課:改定版2004 労働時間ハンドブック.全国労働基準関係団体連合会、2004
4)脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況について.労働基準局労災補償部補償課、2006

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